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THE FIRST TAKE は一発撮りじゃない?ファーストテイクの意味やピッチ修正について。――エンタメにおける演出のジレンマ

こんばんは、この世界の教科書です。

今回は、しばしばSNS上で議論となる、大人気YouTubeコンテンツ「THE FIRST TAKE は一発撮りじゃない?やらせなの?」という議題に関して。

音楽の知識がない人にとってさまざまな誤解が生じやすいこの議論について、できるだけわかりやすく紐解いていこうと思います。

YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」とは

  • チャンネル名:THE FIRST TAKE
  • 開設日:2019年11月
  • 運営:ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)
  • YouTubeチャンネルhttps://www.youtube.com/@TheFirstTake

白いスタジオに置かれた、一本のマイク。ここでのルールは、ただ一つ。一発撮りのパフォーマンスをすること。

そう題して突如始まったYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE(ザ・ファースト・テイク)」は、「一発撮りで音楽を届ける」という緊張感とリアルさを重視し、音楽そのものの力や歌声のリアルな質感を引き出すのを特徴とする音楽コンテンツです。

THE FIRST TAKE は一発撮りじゃない?

THE FIRST TAKE はチャンネルタイトルにある「ファーストテイクの音源」をコンテンツとして採用しているわけではないですが、「一発録り」をしていることを公言しています。

一発録りとは、最初から最後までの一連の撮影&録音のことで、リテイクかどうかや、音源への加工の有無については関係がありません。

複数の動画を見ましたが、明確に一発録りじゃない(別テイクのカットが一部はさまれている)と断言できるシーンはなかったため、おおよそは一発録りしていると言えるでしょう。

「ファーストテイク」の意味

そもそも「ファーストテイク(First Take)」とは、音楽において「最初の録音音源(テイク1)」のことを意味します。演奏者や歌手の、より一番初めの初々しい、小慣れていない表現を大事にする考え方です。

何度も歌唱・演奏しているうちに、表現が迷走してしまったり、感情の乗っていない小慣れた雰囲気が醸し出てしまうことがあり、“最初のテイクが最高だった” と、最初に全力で表現したテイクを尊重して使われることが多い用語です。

ファーストテイクと一発録りの違い

ファーストテイク」と「一発録り」は、意味合いが似ており混同して使われがちですが、意味が異なります。

🔹ファーストテイク(First Take)

  • 意味:「最初のテイク(最初に録った録音)」という録音上の用語。本当に一度しか録ることはできない。

🔹一発録り(いっぱつどり)

  • 意味:録音・撮影を通しでおこない、一部の差し替えなしですべてを使う方法。一連のパフォーマンスをそのまま作品にする。リテイクは可能で、一連で録音さえすればテイク2もテイク3も一発録りと言える。

ファーストテイクと一発録りの違い

用語意味希少性
ファーストテイク最初に録ったテイク一度しか録れない
一発録り最初から最後までの一連の撮影&録音何度でも録れる

THE FIRST TAKE は音源を修正しているのか?

THE FIRST TAKE の歌唱音声は、ほぼすべて音源のピッチ補正、マキシマイズなどの多少の修正がなされています。これは、生音をWEB上のコンテンツとして配信する際に聞きやすくするために必要な過程であり、無加工・無編集とは銘打たれていないことからも、妥当な演出方法と言えます。

歌唱音源の修正の真実

THE FIRST TAKE に限らず、99%以上、ほぼすべての音楽コンテンツは、編集されています。これは、CD、YouTube、ライブDVD、など含めてほぼすべての音楽配信コンテンツに言えることです。

YouTubeなどで視聴できるライブ映像などは加工されていないように見えますが、これらもすべてピッチ補正などの編集がされています。これは、聞き苦しくないものを顧客に届ける、品質を担保するために仕方のない工程なのです。

もしどうしても無加工の生歌を聞きたいのであれば、「その場での編集がおこなわれていない生放送・生配信での歌唱やカラオケを視聴する」か、「ライブや実際のオフライン会場に行く」ことです。

THE FIRST TAKE 演出のジレンマ

音楽の知識が少ない人たちにとって、「THE FIRST TAKE」という名づけ、「一発撮り」という銘打ちにより、あたかも「すべて生の音声で、一発撮りのファーストテイクを無編集で出している」かのように思えてしまうのも確かでしょう。

最初に企画を世に打ち出す時、「THE FIRST TAKE」という、より希少性の高そうなネーミングは非常にインパクトがあり、多くの人の興味関心を惹き、効果的だったと言えます。

ただ、人気コンテンツとなり多くの人に認知されると、このタイトルが「語弊を招く」「タイトル詐欺」などの批判を受けることは免れません。加工編集の有無については音楽知識の問題としても、THE FIRST TAKE というコンテンツで録音のテイク3が使われていることもあると知れば違和感を感じる人は多いでしょう。

(実際、音楽関係者の知人もリテイクがあることの違和感については言及していました)

演出力と誠実性の二律背反

これは、企画やコンテンツ演出のインパクトを重視するか、真実や誠実性を重視するかで変わってくる価値観の差異からくる問題です。

エンターテインメント業界に身をおき、より良いコンテンツを多くの人に見てもらうため、表現や演出を考えた結果生まれた「THE FIRST TAKE」というネーミングは、非常に秀逸で尊重されるべきだと思いますし、それに対し、事実と異なる名づけとして正当性や誠実性を問う感情もうなずけるものです。

この相反する2つの正義は、どちらも認められるべきものだと思いますし、それらの感情について互いに理解することで、無益な争いを生まなくてすむと私は思います。

THE FIRST TAKE をやらせと断じる人々へ

私は、芸術や表現を愛する者として、THE FIRST TAKE は高い評価を受けるに値すると思っています。生の質感を重視した歌唱に加え、映像の編集技術やカメラワーク、デザイン性、世界観の作り込みなど込みで、高品質な音楽コンテンツであることは間違いありません

実際のファーストテイクでないにしても、「一発撮りでできる限り少ないテイクで表現し切る」をコンセプトとして持っているこの企画は、その瞬間限りのライブ感を感じ取れるもので、良音質ならではの息使いや衣擦れの音でさえ、味わい深い趣きを放っています。

YouTubeのアルゴリズムや商業性に乗っ取りつつも、できうる限りの品質を担保してコンテンツ作りに臨んでいることが分かるので、その努力を「やらせ」「タイトル詐欺」という一言で一蹴するのは、あまりにもったいないように思うのです。

「まあタイトルは盛っちゃってるけど、品質は頑張ってるね」といった風に、「商業やインパクトのための演出」と「コンテンツ品質」については切り分けて評価できると有意義かと思います。

エンタメ業界における「演出」の是非

TVで見かける「LIVE」などの表記。一般には知られていませんが、生放送であるかのように見せかけて事前に収録した映像を放送する手法は、TV業界において広くおこなわれていることです。

生放送番組の中に収録済みのVTRを挿入し、全体を通して生放送であるかのように演出することも、また一般的な手法。テレビ業界では長年にわたり許容されてきた制作手法ですが、これもまた誠実性に欠けるエンタメ業界の演出の一つと言えるでしょう。

コンテンツの表現や興味付けのために「盛る」ことの是非について、もはやこれはエンタメ業界に限った話ではないですが、誠実性を求めすぎても、世界中に騙されていることにショックを覚えるだけです。(TV業界は少し過剰なようにも思いますが)

多少の嘘や誇張表現については「企画担当者が出資者や上司に怒られないよう、採算がとれるよう、ちょっと盛っちゃったんだな」と思って受け入れ、コンテンツの中身や本質について感じ入ったり、追求することに気持ちを向けると、明日から世界が少しだけ窮屈じゃなくなるかもしれません。

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より多くの人が幸せに生きるために、この社会・世界で起きているすべてのことをより正しく理解し、どう考えればよいのか?を細かく掘り下げて文章にまとめていきます。また、私は人を傷つけたくありません。皆が視野を広く、嘘によって傷つけられることなく、人に優しく、あらゆるできごとの複雑な背景を読み取れるようになることを祈って。